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〈論創ミステリ叢書〉補遺

論創ミステリ叢書監修者 横井司

論創ミステリ叢書を編集していく過程で、ページ数の都合から収録を見合わせた作品、掲載誌が判明していながら雑誌自体が入手できず再録を諦めざるを得なかった作品、掲載誌自体がそれまで知られていなかったが叢書刊行後に偶然発見された作品などが、収録漏れとして何編か存在することになった。こちらの調査不足・準備不足が責められても仕方がないところなのだが、西尾正や中村美与子など、今回の刊行を逃すと活字化の機会が得られ難い作家の場合、そうした作品を埋もれたままにしておくのはいかにも惜しい。そこで、今回、論創社のホームページがリニューアルされたのをきっかけに、上に述べたような不遇の作品を紹介していきませんかというお話をいただいたので、読者に供していくことにした。〈論創ミステリ叢書〉補遺編としてお楽しみいただければ幸いである。

『中村美与子探偵小説選』 補遺

戦後の中村美与子作品は、長編『百万弗の微笑』(1946)と、「真夏の犯罪」(1947)「サブの女難」(1948)「サブとハリケン」(同)の三短編が確認されており、これですべてだと思われていた。ところが「サブとハリケン」以降も、好色読物を売りとするカストリ雑誌に掲載されていたことが、『中村美与子探偵小説選』(2006)刊行後に判明した。ここで紹介するのは、同書に収録できなかった、現在までに判っている戦後作品のすべてである。これらの作品を読むと、『宝石』などの探偵小説専門誌への進出が果たせないまま、時代の要請に従い、好色猟奇譚を書き続けていたことがうかがわれて、ある種の感慨を覚えさせられる。
以下、各編について、簡単に解題を付しておく。作品によっては内容に踏み込んでいる場合もあるので、未読の方はご注意されたい。

・ 「猟奇地界」

「猟奇地界」は、『犯罪雑誌』1948年7月号(1巻2号)に掲載された。『犯罪雑誌』は後出『新自由[ネオリベラル]』と同じく、東亜出版社から刊行されていた。
兵六という名の私立探偵が登場。「独得の捜査行動」が謳われているが、推理の面白さよりも題材の奇抜さに軸足が置かれた作品。
なお、冒頭に「無花果クラブ」という小見出しが立てられていたが、小見出しはこれひとつのみという奇妙なことになっている。あるいは元々の原稿にあった総タイトルはこちらだったのかもしれない。

・ 「吉田御殿」

「吉田御殿」は、『読物の泉』1948年10月号(2巻5号)に掲載された。
掲載時、タイトルには「怪奇実話」と銘打たれており、最終段落の書きっぷりから、実際に元になった犯罪事件があったものと想像されるが、詳細は不詳。

・ 「裸行進曲」

「裸行進曲」は、『講談と小説』1948年10月15日発行号に掲載された。同誌の目次によれば1巻3号だが、奥付では通巻2号となっている。
中村美与子作品のシリーズ・キャラクター〈地下鉄サブ〉シリーズの、これまで知られていなかった一編。掲載誌がミステリ専門誌ではないこともあってか、純然たるユーモア小説になっている。久山秀子の〈隼お秀〉シリーズにも純然たるユーモア編があったことが思い出される。街娼を描く小説家やまんが家のスタイルを批判しているのが興味深い。

・ 「女体地獄」

「女体地獄」は、『新自由[ネオリベラル]』1949年5月号(3巻2号)に掲載された。
作者を思わせる語り手が側聞したという私小説的な枠組みが珍しい。「八十五歳の老婆の殺人。犯罪の手段?、私の識りたいのはそこだ」と書かれているが、戦前の作品とは違い、トリッキーな興味は皆無。純然たる「猟奇小説」(タイトルの角書き)になっている。

・ 「極楽の門」

「極楽の門」は、『好奇読物』1949年6月号(2巻2号)に掲載された。
遊女の深情けを描いた艶笑譚が一転して犯罪小説に転換する呼吸は、「吉田御殿」と同工異曲なものを感じさせる。既刊の『中村美与子探偵小説選』収録の作品群で明らかな通り、それなりの枚数を与えられると筆が活き活きとしてくる書き手であってみれば、少ない枚数で犯罪小説的プロットをじっくりと展開しつつ、好色譚的な要請にも応えようとした苦労が偲ばれるのである。

『西尾正探偵小説選』 補遺

・ 「情痴温泉」

『新自由[ネオリベラル]』1948年6月号(2巻3号)に掲載された。

島崎博編「カストリ探偵雑誌総覧・2」(『幻影城』1979・7)で紹介された『新自由=ネオリベラル』の総目次で確認されていたが、『西尾正探偵小説選』刊行までに初出紙の入手が間に合わず、収録が見送られた一編。
深夜に温泉で出会って情交を交わした女性が翌朝、死体となって発見されるという推理もの。いちおう犯人特定の根拠が示されており、作者がもともとは本格ミステリへの関心も持ち合わせていたことを思い出させる。

・ 「地獄のドン・ファン」

『黄金』1948年10月10日発行(巻号数・表記なし)に掲載された。

『西尾正探偵小説選』編集時には存在自体確認できていなかった一編。
 内容自体は『牡丹灯籠』以来の怪奇恋愛譚を踏襲したものといえよう。「情痴温泉」でもそうだったように、この時期、ドン・ファンという設定のキャラクターが続くのが興味深い。

『黄金』は大阪の漫画書院から発行されており、編集発行人は江上喜行。漫画書院は、西尾が「謎の風呂敷包」(1949)を発表した『探偵と奇譚』の発行元であり、編集発行人も重なる。したがって『探偵と奇譚』の先行誌かとも思われるが不詳。
なお、「地獄のドン・ファン」が掲載された号には九鬼澹「稲妻左近捕物帖/虚無僧問答」、百村浩「悲運の兄弟」、戸田巽「忠直卿の失恋」などが掲載されているが、最後の「忠直卿の失恋」は同じ作者による「或る日の忠直卿」(1931)の改題再録作である。

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